マイナスも効用のひとつ

knees
素材ライヴラリーより

ひょんなことで不始末をしでかしてから、もうすぐ4年目をむかえます。

右膝にヒビを入れてしまった事故(自転車転倒)。

といっても、それは自分の不始末からであり、身から出た錆のようなもの。

8月真夏の出来事でした。

そのときから、人生で思いもよらぬ負を生涯背負うことになってしまいました。

でもここにきて、それも「負の効用」というか「ケガの功名」というか、マイナスの効用かと思えるようになりました。

というわけで、以下そんな気持をお届けします。

安静にすべきところ真逆の治療

咄嗟に駆け込んだのが運の尽き。

病院も一つ間違うとこういうことにもなるんですね。気をつけたいですね。
膝の骨に亀裂が入っているというのに、「さあ、頑張って膝を曲げましょう!」
何度この運動をくりかえしたことか!

リハビリということでこうやってるうちに、ヒビが深まったんですね。最初はごく浅いものだったのかもしれません。それも今となっては判明し難いものになってしまいました。

ケガはともかく、そのあとの手当や治療の不始末こそがよくなかった。

ふたつの整形外科での同じ誤診(細かい経緯は省きます)。

なのに、どちらからもキツイ!リハビリを強いられ、毎日日参、痛みを堪え懸命に励みました。

だが、5ケ月経ってもいっこうに治癒する気配がない。

時に効くわけもない電気治療もやりました!

今思うとこの間は自分の忍耐で押し通したようなものでした。

そんなある日、ふと、内科の主治医に事の顛末をこぼしたところ、三番目の医院を紹介され、そこで膝のヒビが判明。

曲げると激痛が走った!
上下の骨が擦れあうところだ
黒い斑点の横の白線がヒビ
hiza
rehabili-hana.com

状態はよくない、手術かもしれないと診断されました。

ここではままならないからと、さらなる紹介状を持って大きな専門病院で精密検査。
CTやMRIといった検査になりました。

権威(日本で5本指に入るとか…)あるそのスポーツドクターがいうに、

手術するか、しないか。やんわりと即断を申し渡されました。

いささかうろたえていると、

しても、成功するかどうか保障はできない。成功しても、すぐまた骨が欠けてしまうリスクもある。

そんなことで、これまで痛みはあっても歩けたなら、それもいいだろう。手術はしなくてもいい。痛みもそのうち癒えてゆくだろう。

スポーツ選手のなかにはヒビを持ちながら現役でやっている人もいる,という。

そうなんですか、とわたしは身を乗り出しました。

実際この一言に、背を押されたところ大でした。

これまでも痛いけど歩けてきたわけで、このことは明確だと判断し、手術は回避することにしました。「しないことにします」そう即答しました。暗黙の覚悟でした。腹を据えました。それはまるで賭けのようなものでした。

あのとき、手術をしていたらどうだったろう。振り返ると身震いがします。

中距離の長歩きには必ず付けます。

長距離にはこちらを付けます。

長年愛用しています。どちらも着脱がスムーズ。膝の安定感が安心感にながります!各種サイズがあります。
歩行が楽になりますが、常時装着するのは禁物です。

まさにあのときが分かれ道でした。
あれから、今日まで、こおして、どうにか歩けています。おのれの膝に感謝です!

しかし、あの瀬戸際で、そう判断した裏には、やっている仕事を投げるわけにはゆかないという切羽詰まった裏の事情もありました。手術をしたら当面は歩けない。それもいつまで続くかわからない。むな底で心理的にすごく葛藤しました。

その当時、NHK文化センターでは定期講座と一日講座をふくめると毎月15講座が6ケ月先までうずまっていました。毎日新聞旅行の一年間にわたるシリーズものも抱えていました。

これらを全て放棄するとは何とも言い出し難い、そんな心痛も覚えました。

が、そこで、わたしは決心しました。

こうして何とか歩けるんだから自信を持とう!そうしよう!やり続けてみよう!それも暗黙の覚悟でした。

今おもうと実に仕事に救われた思いです。仕事が覚悟を補助してくれた、そう言えるようです。

あの土壇場で全てが弱気になっていたら、今のわたしはないのではないかな。

しかし人間というものは、愚かなもので、晴れ々しいのに、しばらくはふたつの整形外科への恨みつらみの心境が消えませんでした。激痛が走るたびその感情が高ぶりました。

それが消えたのは、いつのころからだったでしょう。

クドクド言っても始まらない、そんな気持ちになりました。

所詮、元をただせば、自分がしでかした事ではないか。そんな気持ちの揺り戻しがありました。

そのころから、歩くことで、痛みが緩和する変化を覚えるようになりました。気がするだけの、錯覚だったかもしれません。でも、そう信じました。

治癒の努力は、負を負はせた体への責任でもあります。

この負い目は自分でとるしかありません。

この頃ふと思います。この膝が健全だったらどんなだろうと。いまでは、健常時の感覚も忘れてしまったようです。

そしてこのさき、老いゆく体のなかでこの膝がどう答えてゆくのだろうか、と。

興味津々です。それを見つめたいと思います。

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